vol.06「年賀状はつらいよ ~押し入れの年賀状 持ち寄り会~」

プロジェクトのためのリサーチ・プロジェクト:まずは、聴いてみないと ku・ra・shi

これまで届いた年賀状を互いに見せ合い、ヴァナキュラーな年賀状文化について楽しく考える会として開催。
ビジュアルが魅力的なものや、長年に渡り交換している年賀状の蓄積などから、時代の変化や年賀状の役割を超えたものについて考える。


じぶんは小学生以来、年賀状をほぼ出していない。頂いたら送り返すべきなのですが、それもやっていない。この場をお借りして、お詫び申し上げます。
このイベントには父も参加してくれたが、同じくほぼ出していないようで仕事関係のものばかり。味気ない印象だが、そんなものも溜まってくると面白くなってくる。同じキャラクターが干支にちなんだ格好をさせられ、毎年、こねくり回されている。溜まってくることで新たな解釈(?)がうまれてくるようだが、その辺りについてはゲストの平田さんが書いてくれそう。
なかでも、祖母が通っていた美容院からの年賀状やダイレクトメール。全部で130通あり、8年にわたり捨てられず溜め、残されていた。最後の年賀状は2005年、祖母が亡くなる1年前。それを1枚ずつ机上に並べていると、父はなにか思い出した様子。祖母が歩けなくなってからは父の運転でそこへ通っていたようで、帰りの車中ではいつも機嫌がよく、祖母のはずむ声が後ろから聞こえてきたと。

今年の漢字(ことしのかんじ)は、漢字(日本語漢字)一字を選びその年の世相を表す字であるとして決定、公表する日本漢字能力検定協会のキャンペーンである。1995年(平成7年)に開始し、毎年12月12日の「漢字の日」に発表している。*Wikipediaより

宮本博史(アーティスト)


年賀状はつらい。それはなぜでしょうか。その理由として、筆不精、年度末の多忙、字が汚い、面倒、億劫、対人関係への気疲れなどが挙げられます。つまり、強いられた習慣だからこそ「年賀状はつらい」のです。
しかし、年賀状をもらうのはうれしく、なかなか捨てられないものです。この相反する態度は、フーテンの寅さんが何度恋に破れても、繰り返し恋のから騒ぎを繰り広げる「つらさ」に重ねることができるかもしれません。人はなぜ年賀状を出し続け、あるいは捨てられないのか、年賀状の秘訣と魅力を知ることが今回の企画目的でした。
さて、参加者がご持参頂いた年賀状は、年賀状の常識や概念を軽々と越えるクリエイティブな絵や写真、文字によって、差出人の人柄を伝えるすばらしいものでした。さらにすばらしかったのは、年賀状を残し(出し)続けてきた年賀状の量でした。膨大な年賀状の束は、「時間」の塊であり、1年1枚のやりとりが継続してきた人間関係の「歴史」なのです。年賀状の魅力とは、年賀状を出す、受取るという贈与の郵便関係を通じて「喜びも悲しみも幾歳月」を重ねていく関係性の視覚化と言えるかもしれません。今年の年末も「年賀状はつらいよ」と呟きつつ、また一枚、年賀状を書こうと思いました。

「やっぱり真面目にね、こつこつこつこつやっていきゃ、いつか芽が出るんだから。」『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』
『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』(おとこはつらいよ とらじろうこいやつれ)は、1974年8月3日に公開された日本映画。マドンナ役に再び吉永小百合をむかえた男はつらいよシリーズ第13作目。同時上映は『超能力だよ全員集合!!』。wikipediaより

平田剛志(美術批評)